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心の声は

私、

自分の心の声を聞かなくちゃって、

ずっと思ってきたんだけど、

その心の声、

今まで、なにか、いいことしてくれたかしら。

私を楽しくしてくれた?

今だって、
相変わらずワーワー言ってるけど、

言わせておこう。

意志と行動がすべて。

心の声は、あとからついて来ればいいやん😄
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GSを振り返って

私の癖のこと。

一般の人に伝わりにくい表現をわざわざ使って、後でひっくり返す余地を残す、というところがひとつ。
今回指摘されたのは、「踏み絵」という表現だった。

人を誘って、誘いに乗ってくれるかどうかを気にして、ラインの返事を見張っているのは、まるで人に「踏み絵」を踏ませているようなものだ、と、そのとき言いたかったのだけれど、今書いてみると、トンチンカンな喩えだ。

難解な言葉で言い直すことで、人を煙に巻いて、自分ではもうわかったような気分に浸っていただけだった。


「踏み絵」の前に指摘されていたことが、

人が誘いに乗ってくれるかどうか、ということだけを見張っていて、その人といっしょにどうしたいのか考えていない、というところだった。

毎回誘いに乗ってくれるかどうかを確認しているだけでは、いつまでたっても人と交われない。

耳に痛い言葉だった。


聞きたくないことを聞かないために、

はいわかりました、ごめんなさい、もうその話は終わりましょう、

というメッセージを連発していたことを、その場で指摘されたのだけれど、無自覚だった。


この話は聞きたくないないんだ、
ということ自体にも、気がついていなかった。


自分を護るための癖が、人には拒絶のメッセージになっている以上、
人からツッコまれやすい、気安い人になるためには、このメッセージの乱発をやめることが必要だと思う。

咄嗟に癖が出る今は、指摘されるたびに体で覚えていくしかないのだろうか…

せめて、この話をわたしは聞きたくないんだな、と、その場で意識できるようにしたい。
…これは5月のGSで、きんたろうさんに言われていたことだったのではなかったかな。

聞かなくてよいよい、と、自分を庇ってやってもいいのかな。
庇うことで、耳が痛い指摘にも耳を傾けるスペースが、できるのかもしれない。
条件反射の拒絶で跳ね返している限り、いつまで経っても私は変わらないだろう。
先月のGSで聞いた「プロセスのある言い訳」という言葉の意味をもっと知りたい。



主人のことでも、耳が痛い指摘があった。
指摘を認めてしまったらすべてを失ってしまう、と、思わずその時口走ったのだけれど、
よくよく考えたら、失うのは自分のプライドだった。




















見てなかったもの

人と会話するのは、疲れる。
特に複数の人と話すのは、とても疲れる。

振り返ってみると、その場を無難にやり過ごすことだけしか、考えていないことの方が多い。

人の輪の中で、浮かないで仲間に入っていたい。
もともと興味の範囲が狭くて、話についていけてないので、みんなの会話がただ頭の上を飛び交っていることが多い。
とりあえず知ってるフリをして辻褄を合わせようとしてしまう。

興味もないのに、必死にキョロキョロと会話の流れを追って、どこか発言できるところで発言して、自分の方を見てもらおうとするので、よけいに疲れる。

家族との関係がうまく行っていないので、地雷の話題も多い。
そういう時は、こちらに振られた時にどう答えるかで頭がいっぱいになって、人の話はどうでもよくなっている。

そうやっていつも神経を張り巡らしているので、リラックスしている周りの人からは、当然浮いてしまう。

日常生活では、(痛々しくて)だれも私に突っ込んでこないので、自分では、そこそこうまくやれていると勘違いしてきたのだけれど、セッションを受けるようになってからは、そこを突かれて逆上する、ということを何度となく繰り返してきたように思う。


この前のセッションで、きんたろうさんから、
「自分こういう話題苦手なんだよね〜、聞かなくてよいよい、」と、自分を庇ってあげたらどうだろう。
そのことを後で誰かに話せるといいね。
と言われて、無性に泣けてしまった。

人とまじれている自分を演出して、必死で護っていたのは、プライドだった。
私は、外ばかりみてきた。
くるっと向きを変えて、自分の気持ちを見るなんてこと、考えもしなかった。
ずっと放置されてきた私の気持ちが、見つけてもらえて泣いていた。




執着のわけ

私には、わかってほしいという執着が強くあります。
たとえ誰かわかってくれる人がいても、それで満足することがありません。
その人にわかってもらえたことを足掛かりにして、次のターゲットにわかってもらうことに執着し始めます。

受けてきたカウンセリングで、わかってもらえる満足感を感じていたはずなのに、
あなここに入った当初、わからせることに執着して、のっけから、臨戦体制になっていました。

その強い執着が、いったいどこからきているのか。

味方ができたと思うと俄然強気になり、攻撃的になるのは、
軸がないから自分の感覚に自信が持てないからなのでしょう。

本当にわかって欲しいのか、わかってもらえなかった過去を再現して八つ当たりをしたいだけなのか。
わかってもらえてもそこで満足できない現実がある以上、八つ当たりをしたいだけと考えるほかありません。

正当性の裏打ちをもらって、上から目線で人に当たってみたところで、本当に文句を言いたい人は別にいる。
結局は八つ当たりなので、文句を言って気が晴れることはない。


私の、ターゲットにギャフンと言わせたい執着と、攻撃性は、これからも発動すると思います。
そういう時、行動に移す手前で止めるだけのだけの自力をつけたいと思いました。















色眼鏡

今日、デイサービスに見学に行って、施設長さんと話し込んできました。

父のグループホーム入所は、良い選択だと思う。
父ならば、うまく馴染んでいけるだろう。
今のタイミングならばいいと思う。
そんな言葉をかけてもらいました。

おとうさんがいると、施設の雰囲気が違う。
おとうさんは、なにか持ってる。
おとうさんがいることで、助かっている利用者さんも居る。
できることならば、ずっとうちに通ってもらいたいと思っている。

そんなことを言ってもらえる私の父というのは、
いったいどんな人?


父は、気が短くて怒りっぽい人。
こどもっぽい人。
小心者。
思いやりのない人。
わがまま。
私は父のような人とは結婚したくない。

ずっと、そんな風に思ってきました。


父にどうして、生涯の親友がいたのか。
あんなにたくさん友だちがいたのは、どうして?
入れ替わり立ち替わり、父を頼っていろんな人が家に相談にきていました。
父が水商売の女の人たちから好かれていたのは、なぜ。
怒りっぽい人のはずなのに、私はほとんど怒られた記憶がありません。

私は、ずっと、母の目をとおして、父のことを見てきたのでした。

母が亡くなって、もうすぐ2年になります。
母は、毎日見舞いに通った父のことを、罵り倒して死んで行きました。
父の思いやりを受け取るだけの自力を持たない母でした。












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